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「存在」と「認識」 [心の内側]

昔、小学生だったころ(たぶん8~11歳くらいのころ)、よく考えていたことがあります。

-「存在」と「認識」-

一言で言ってしまうと、そうなります。

子供の頃、自分の感覚が信用できなかった時期がありました。
自分が見ているもの、聴いているもの、触れているもの、それらのすべてがはたして本当に存在しているのか。
そんなものは自分自身が勝手に思い込んでいるだけではないのか。
そもそも自分はここに存在しているのか。
存在とはなんなのか。

私自身が認識しなければそれらは存在し得ない。
ほかならぬ、私自身も。

すべては結局、自分自身の脳が創り出した幻想なのかもしれない。
そんなことばかり考えていました。

* * *

7・8年前から年に2・3回、とある症状に襲われることがあります。
視界の3分の1ほどが、なんら意味をなさない光の流れとなっていたり、欠落してしまうのです。
症状が出るたびにMRIで脳を輪切りにしてみるのですが、異常は見当たりませんでした。
それより以前、偏頭痛に悩まされていた時期もあったため、その発作の1つが発現したのではないかと言われています。
発作の形として、眼球から送られてくる信号を脳が上手く処理できないことがあるのではないかということのようです。

それはまさに、「存在」を「認識」出来ていないことにほかなりません。
しかも、「認識」出来ていないことを私自身が「認識」しているのです。

* * *

わけわかんないですよね、ごめんなさい。

こうして書き綴っていて想ったのですけれど、結局、子供の頃からなにも変わっていないということなのでしょうね。
そんな自分自身を再認識しただけような気がします。
うん、なんかそれだけですね。

はたして、それも認識違いなのかもしれませんが。


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コメント 2

Mishika

はじめまして。通りすがりです。
上手く言えませんが、色々なものを観ている方なんだなぁと感じました。
お邪魔しました。
by Mishika (2007-05-12 10:16) 

pochi

Mishikaさん、お立ち寄りいただきありがとうございます。

>上手く言えませんが、色々なものを観ている方なんだなぁと感じました。

っていうか、支離滅裂でごめんなさいです。
もっと上手に気持ちを伝えられればよいのですが・・・。
by pochi (2007-05-12 13:40) 

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